他人に自分の人生を決められるたった2つの原因

20年続いた会社を辞めてもう2か月が経とうとしている。

辞めた時に、

これだけは!

と思ったことがある。

自分の人生なのだから、自分で何でも決めれるようなところで生きよう。

そう思った。

優先順位を決めなければ…

自分は何が大事なのだろう。

自由な時間が欲しいのか?

お金を稼ぎまくりたいのか?

仕事をしたくないのか?

遊んで暮らしたいのか?

どれも違う気がするし、

どれも当てはまる気がする。

こんなんだから仕事でトラブルというか、もめることが多かったかもしれない。

ゆブロ。は今思えば仕事は好きだった。

毎日朝早い仕事に別に嫌気なんてなかった。

お金は大事だが守銭奴のようになるんではなく、

自分の趣味や交際には使ってきたつもりだ。

それも苦でも嫌でもなんでもなかった。

ただ、年に数回
仕事を忘れて、大切な人達とコミュニケーションがとれる安らげる時間が欲しかっただけだ。

かっこよくいったが、ただみんなと年に2,3回の旅行さえいければよかった。

それが生きてる糧となった。

ところが仕事の段取りを気にして休みをくれといいづらくてストレスがたまる。

いったら言ったで、
仕事に責任は?
なんていわれるとまたストレスになる。

そうやって機嫌が悪くなりストレスもどんどんたまってく。

その内、
モメにもめてようやく無理やり休暇を取る。

急きょ無理やりとった休みで仕事も中途半端、

休暇中も何か気がかりで胸に引っかかるものがある。

そしてストレスを少し残したまままた仕事に戻る。

これを何年繰り返しただろう。

自分の優先はそこが最優先だということをきちんと伝えればよかった。

そうすれば、キッチリと仕事を段取りし、キッチリとストレスも発散できたかもしれない。

自分が悪かったのだ。

仕事が多すぎる。

部下がもっとやってくれたら。

社長は理解してくれない。

いや、違ったのかもしれない。

もっと高らかに宣言しておくべきだった。

自分の優先順位を。

自分で優先順位を決めなければ、他人の言いなりになってしまう。

選べないから…

自分は何でもできる。

やらないといけない。

やって評価が欲しい。

やって当たり前。

そうやって言われたことをすべて引き受ける、

そんな風に育てられてきた。

幸い手先も器用な方である程度の事はこなせていた。

自信もあったし、何より頼られることに快感を感じる。

そんな若い ゆブロ。が20年かけて出来上がっていたのだ。

辞めて、

遠目に見て、

なんて都合のいい人材だろう。

都合のいい…

自分で選ぶということを教えられていなかった。

「やらない」とは言わない。

すべてを引き受ける。

自分で選ぶ権利を手放していた。

何かを選べば何かを捨てるということ。

誰かの言うことを選ぶということは、

自分の事は捨てるということだった。

選ぶということは難しい。

とっても難しい。

大袈裟ではなく、ほとんどの雇われている人はそういう刷り込みで仕事を教わってるんではないか?

意識はなくとも、そうやって上から受け継いできたんじゃないか?

何も知らなかった新人にマインドを刷り込んでしまう。

自分もずっとそうしていた。。。

気づいていた。

選ぶという行為にもっと自覚的になろう。

意味を持たそう。

何故それを選んだのかをもっと考えていこう。

後付けでも構わない。

自分で選んだというこを理解しなければならない。

自分で選ばなければ、

選べなければ、

他人に自分のすることを選ばれる。

それは他人に人生を決められているということ他ならない。

エッセンシャル思考

これに気付かせてくれた1冊の本。

結構前から知ってはいたがなぜか読まなかった。

タイトルがピンとこなかったかもしれない。

もっと早く読んでおけばと思うほどおもしろい。

シンプルでミニマムな考えが好きな ゆブロ。にはピッタリで、ついつい夢中でページを進めていった。

ついでにマンガ版も読んでしまったほど。

他にも多くの学びを得た、自分の中のベスト本にも入る。

今日はここまで。

エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする

マンガでよくわかるエッセンシャル思考

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